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受洗から。

気づけば今日で10年です。


自分で言うのもなんだけど…

成長したなぁ(笑)



おめでとう自分♪

これからもがんばれ。

ラストメッセージ。

今日、厚別ユースで最後のメッセージをしてきました。

5年前にこの教会に来てからずっと続けてこれたユース。

テーマメッセージ、講解メッセージ、どちらも経験させてもらいました。
メッセージを作る、メッセージを語る、まず自分自身を整えるということについて、
とても訓練させられた5年間のメッセージ奉仕。
この機会が与えられてほんとに感謝でした。

はじめはメッセージの仕方、話の展開、口調、時間配分、焦点の絞り方…
なにもかもわからなかったけど、今もあんまりわかってはいないけど
少しだけわかるようになりました。
でも何よりも、最終的には神様が働いてくださること、
そこに期待してただ用いられるように明け渡すこと、
メッセージを聞く1人1人を愛して祈って備える事が
完璧にメッセージの構成を練り上げるよりも大事なことなんだって知りました。
本当に本当に感謝でした。

まず、自分自身が神様の前に出て個人的に語られる必要があること。
神様が語ってくださらなければ、うちは何も悟ることができないこと。
自分の信仰がストレートに反映されること。
祈りによって建て上げられること。
メンバーを愛して、1人1人の為に祈る必要があること。
 :
 :
本当にたくさんの大切なことを教えられました。


仕事をしていた頃から、札幌パルコのスタバでメッセージを作るようになりました。
1人掛けソファでキャラメルマキアートを飲みながら聖書を読む自分、素敵だなって思って。笑
それがいつの間にか習慣化していて。
きのうも、わざわざそのためだけにパルコに向かい、1人でメッセージ作りをしてきました。
最後だなぁなんて思いながら。

「神様、今回のメッセージで語るべきことをあなたが教えてください。
あなたから語られなければ、私はどこから、何を語っていいのかすらわかりません。
これからあなたによってメッセージが完成する事を信じます。
それが私の力じゃなく、あなたのものである事を認めます。
あなたが私に語ってください。語るべき言葉を与えてください。
そして、愛する厚別ユースにあなたが語りたいと思っていることを、
私を通して語ってください。
わかりやすく話す事ができるようにしてください。みんなの理解を助けてください。
このメッセージを通して、聞く1人1人がさらにあなたを愛する事ができますように。
あなたが1人1人に働いて、それぞれに必要なことを直に語ってください。
私が語るべき言葉を語り、慎むべき言葉を慎む事ができますように。
ふさわしく語らせてください。
私の思いではなく、あなたが伝えたい事を妨げずに伝える事ができますように。
通り良き管として、御心を表すための道具として私を用いてください。
信仰的にめっちゃ調子良かったわけじゃないし、全然足りない者だけど
今このままの私をあなたに明け渡します。語ってください。
期待します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

そう祈って作ったメッセージ、語る時点ではやっぱりまだ不完全だったけど
ちゃんとユースで語ることができました。守られて感謝。
それぞれが何を思ったか、詳細はわからないけど
神様がそれぞれに働いたと思います。だってそう祈ったし。

メッセージ前はいつもこんな感じの祈りをするんだけど、
たぶん今までも神様は働いてくれてたと思います。


このユースに関われて、本当に良かった。
七飯ユースとはまた違ったタイプだったけど、それぞれの良さもわかったよ。
個人的に交われて、一緒に祈れて、時には泣いて、だいたい笑って、
メンバーの成長を見る事ができて、自分自身も成長して。
最高の信仰の友達と、同じ働きをする事ができて。一緒に成長できて。
感謝な事がたくさんたくさんありました。

この厚別のユースと、スタッフ・メンバー1人1人との出会いを
心から感謝しています。

これからも、メンバー1人1人の歩みが守られて
一生神様に繋がり、祝福と恵みの中で生きる事ができますように。
さらに成長し、神と人とに愛されますように。
厚別ユースの働きがさらに祝福されて、必要が満たされ、
これからも神様の栄光のために用いられますように。


神様、本当にありがとう。
そして1人1人にありがとう♪


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感謝し続けたい。

うちね、今年の初めにデボ用の手帳買ったんだ。

無印のでね、4シーズンごとに分かれてて薄いから、
聖書カバーに挟めておけるの!!
デボ手帳。

朝デボる時に、左側の日記スペースに昨日1日の感謝を書いて
右側のスペースに書いた祈り課題を祈って、(聞かれたやつには印つけんの♪)
090205_0848~01
(↑プライバシー保護のためぼかし。笑)

で、聖書読む中でその日1番素敵だと思った御言葉を
スケジュールのとこに書くんだ。
090205_0849~01
(↑ぼかさなくてもいいんだけどぼけちゃった。)
素敵さに応じて色分けしてるわけじゃないよ。使う色にこだわりはありません。笑
ちなみに左側の縦書きは教会の子供達の「今月の暗唱聖句」。


ていうかみんな。1日振り返って感謝書くの、すっごいオススメだよ!
2年くらい前から1日の感謝書くデボはやってたんだけど、
この手帳にしてからやる気急上昇↑↑
まぁ、授業もなくなったから毎朝わりと時間もあるしね。
あ、無印の回し者ではありません。笑


でね、祈り課題祈る前に自分が書いた感謝を眺め返して
「神様、昨日の恵みを感謝します」って祈るんだけど、
その時頭の中ではその一つ一つの恵みがイメージされてるんだ。
そのときいつも「昨日の1日があってよかった」って思うの。

別にいつも特大イベントがあるわけじゃないんだよ。
あ、じゃーね、ある1日の例をご紹介するね。
・朝起きれたこと。  
・光も自分で起きれてたこと。  
・よく眠れたこと。  
・デボれたこと。
・ゆっくり準備できたこと。  
・ピザパン食べたこと。
・まどか(←妹ね)と平和に暮らせてること。  
・返せてないメール返せたこと。  
・おばあちゃんに電話できたこと。  
・少しテスト勉強進んだこと。  
・学校まで歩けたこと。  
・レポ終わってなんとか出せたこと。  
・学食でおいしいご飯食べれたこと。
・ゼミ発表聞けたこと。
・ともみちゃんに会って話せたこと。  
・あさこ(友達)に誕生日おめ言えたこと。
・ちっひとメールできたこと。  
・両家の顔合わせが守られたらしいこと。
・ゆっくりお風呂入りながら祈れたこと。
・mixiにコメ返せたこと。
・光の1日も守られたこと。
・光と電話できたこと。
・うちの不満を受け止めてくれたこと。
・食べ過ぎなかったこと。
・1日恵みのうちに守られたこと。

こんだけ書くから字も小さくなります。笑
でも何気ない1日が、こんなに恵みに満たされてるかと思うと
今生きていて1日1日が与えられていることが嬉しくて仕方なくなる。
そしてこんなにもたくさんの恵みがある1日が、
もしぽっかりとうちの人生からなくなったとしたら…
って考えると想像つかない。

その日、その時、一瞬、
感じた事、誰かとの会話、祈った事、それがきかれたと感じて感謝したこと…
それらが基盤となってうちらの人生はこれからも建て上げられていくんだよね。
その日の誰かとの会話がなかったら、後の日には成立しなかった会話がある。
その日に感じた思いがなければ、後の日にも感じられなかったものがある。
ちょっと難しいけど、そういう風に考えたら
神様の恵みの1つ1つって、どんなに小さく思えるものであっても
うちらの人生に与えようと定めていた計画に、
あらかじめ含まれていた1つ1つなんじゃないかなぁって思うんだ。
意味わかる??

そしてそれが着々と与えられている。
毎日。ハンパない量の恵みが。
その1つ1つが神様があらかじめ与えようと定めていた恵みなんだったら、
神様がうちらの人生にたてている計画ってすごくない!?
恵みだらけでしょ!! どんだけ!
この神様についていくとき、確かにうちは恐れる必要がないんだなぁって思う。
物理的にも社会的にも何の保証もないけど、
それでもこの先の人生に対する不安が全くないんだ。
この神様を知ってて良かったって心から思うよ。


そのころイエスはエルサレムに上られる途中、サマリヤとガリラヤの境を通られた。
ある村にはいると、十人のらい病人がイエスに出会った。
彼らは遠く離れた所に立って、 声を張り上げて、
「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください。」と言った。
イエスはこれを見て、言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」
彼らは行く途中でいやされた。
そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、
大声で神をほめたたえながら引き返して来て、
イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。
そこでイエスは言われた。「十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。
神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」
それからその人に言われた。
「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」
luke17:11-19


ここの箇所をよく思い出すよ。
願っていたものが与えられたのに、舞い上がって感謝を忘れること、よくあるし。
日々の恵みにしたって同じだと思うんだ。
うちが書いてる1つ1つの恵みは、
「別に祈ってなかったし、くれないならくれないでいーよ」
って言えるようなもんじゃない。
気付いてすらいなかったけど、うちの人生には確かに必要なものだったよ。
でも神様はうちの必要を知っているから、与えてくれるんだよね。

たぶん、うちが意識してない恵みもすっごいあると思う。
日本が戦争中だったら「平和な日々を下さい」って祈るだろうし
家がボロボロですき間から雪が入ってくるような家だったら「寒いです」って祈るだろうし
病気だったら「健康を下さい」って祈るだろうし
誰か大切な人が病んでいたら「癒してください」って祈ると思う。


そう考えると、日々の恵みは本当にハンパないよね。底なし恵み。
でもその恵みが「当たり前」のように与えられてるからって、
感謝を忘れて生活したくはない。
とか言ってけっこー忘れちゃうんだけどね…

イエスは言われた。「十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。
神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」


うちは、日々の恵みを思い起こして
感謝の祈りをもって御前に出る1人であり続けたいな。

この先一生。


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放置しすぎました。

放置しすぎました。ごめんなさい。
いつぶりだろー。

この前1ヶ月ぶりくらいに自分のブログ開いたら
スポンサーサイト&業者からのコメントばっかですごいことになってました!

たまにチェックする度に増えてて…やだわ〜


とりあえず近況★

卒論、無事出せました!お祈りありがとうございました♪
あさってから、卒論審査発表です。。怖い。
準備に追われています。
最後のレポート&テストが終わりました☆
たぶん単位は取れたと思います。
とか言って留年して結婚延期とか笑えないよね。笑
それを避けるためにも、卒論審査発表!がんばらなきゃ!

結婚式の方は、
式場と指輪が決まりました♪
神様、うちらの経済状況考慮してくれて…
格安で納得のものが得られそうです!!感謝ぁ〜☆*゜+.。

春から秋までの過ごし方、考え中です。
卒業してから結婚まで、実家で過ごそうと思ってるんだけど
いつから実家戻ろうか考え中。
うち小学校低学年からお父さんがずっと単身赴任で、
間に2年間くらい戻ってきたの以外はお父さんと住んでなくて…
お父さんの希望もあって、実家帰ることにしたけど


札幌離れたくない。泣
七飯帰ったら帰ったで「地元最高〜♪」って思うんだけど、
それはたぶん普段の生活の拠点は札幌にあるからで。
札幌の人にいつでも会えるって保証があるからで。

でも、うち今回札幌離れたら
たぶん一生札幌に住むことはないんだよね。

高校卒業して札幌に住むことになった時は、
母教会離れるのと光と遠距離になったのが嫌で
「とにかく2年間やり過ごして、短大終わった瞬間実家帰ろう!!」
って思ってたけど…なんだかんだ5年住んで
めっちゃくちゃ激しい祝福と愛を受けて、
癒されて変えられて…素晴らしい出会いばかりがあって。

初めはほとんど期待しないで迎えた札幌生活、最高に祝福されていました。

この前散歩しながらの帰宅中、そんな事を思って半泣きでした。笑

短大でできた友達、仕事先の先輩、大学でできた友達、
温かく迎えてくれた厚別の教会のみんな、吉田家、
グロ関係の仲間、KGKの仲間、そして特にピース。

ピースのみんなは…って書こうと思ったけど
そのうち泣き出しそうだからとりあえずやめるわ。笑


前にりゅうすけが「出会いは神様からの最高のギフト」的な事を言ってたけど
ほんとそうだと思った。初めてこんなに深く感じてるかも。


今、札幌に住んでいるうちにできる事、やっていきたいな。
うちとの会話を必要としてる人と話したい。愛を必要としている人に与えたい。
厚別での教会での交わりを、めっちゃ大切にしたい。
かぁのごはんが食べたい。にわとりにも行きたい。(←さり気に食べ物コーナー 笑)
大好きな友達、大好きな仲間達にいっぱい会っておきたい。

あと2ヶ月…どれだけの人と会えるかな。話せるかな。
我こそは!って人は立候補お願いします。笑
まぁたまに遊びに来るけどねー。でもやっぱ寂しいよ。


でも、七飯での生活にも期待してます。
ひさしぶりに家族と住むから、そこは不安もあるけど
ストレスたまらないようにって祈ってるから大丈夫だと思う。
おばあちゃんのごはんもあるし。車もあるし。ぁ、太る…!?
七飯の教会に少しの間戻れることも、嬉しいかな。
なんだかんだ大好きなんだよねー母教会。
ユースもあるし頼もしい仲間もいるし。


そして、七飯に戻って力を注ぐべきなのは
家族関係なのかなーって思ってます。
傷だらけで心を閉ざしたまま出て行った家だったけど
離れた札幌で癒された。家族に対する見方が少し変わった。
その状態で戻って、逆戻りしないかとか、家族を大切にできるかとか
干渉されすぎてストレスたまらないかとか…いろいろ不安はあるけど

「お前の成長を近くで見ることができなかった。
その時間を少しでも取り戻したい。」

っていうお父さんの言葉を受け止められたのは
うちが変えられたことの証拠でもあるのかな。
(前だったら「や、今さら取り戻してくれなくていーし。望んでないし。」
って聞く耳持たなかったと思うから。)
そして、高校までは無視していた家族関係に
今は自分から向き合うべきってことなのかなぁとも思ってる。
どうしたらいいかとか全然わかんないけどね。。
でも結婚準備の一環なんだよね。たぶん。
結婚したことないからまだわかんないけど。笑


あー短く終えようと思ったのに
思いつくまま書いてたら長くなっちゃった。
毎回毎回長くて申し訳。

とりあえず最近こんな感じでした(テキトーな締め。笑)!!


さっパワポ準備しなきゃ〜

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ぬぁっ!?バナーの色がやたら増えてる!笑


考えない。

へへっ最近更新頻度高い♪

今考えた事。忘れないように。


うちね、基本「委ねる」ってことがどういうことかわかんないんだけど、
たまにめっちゃわかるの。
で、今めっちゃじゃないけどちょっとわかったの。

「考えない」ってこと。

いつでもどこでもなんでもかんでもそれじゃ困るんだけど、
うちが「委ねる」ってことをしようとする時
「考えすぎる」ってことがすごい障害になることがあるんだよね。

例えば今HOTな課題、卒論。
ほんと行き詰ってて委ねようとしてるとき。


『神様、もうどうしていいかわかりません。
なので委ねます。
実際もうほんと訳わかんないんですよ。
分析方法も知ってるつもりで知らなかったし、
なんとかやってみたはいいけど
しかも結果ちゃんと出たけど、
今度は出すぎてどうしようって感じだし
でももし出なかったとしたら出なかったで困るから
まぁ結果が出たのは感謝なんですけど
でもそれにしても解釈が難しいし
てか平行して序論も書かなきゃいけないんですけど
それにはめっちゃ先行研究集めなきゃいけないし、
その中で関係ありそうなとこ探して引用したりとか
その作業かなりめんどくさいと思うんですよね。
なんかそういうのやろうとしてもうちもともとわかんないし

でもあなたがこのテーマで卒論やれって言ったから
委ねてがんばります
分析とか序論とか解釈とか結果の書き方とか、
あ、てか実際考察とかめっちゃ難しそうだし
理論通ってなかったら先生に突っ込まれるだろうし
そういうのも想定して審査発表に備えなきゃいけないし

あーもーどうしよー
ま、委ねます
でももーどうしたらいいんでしょうほんと…
そういえばあれもあぁで…



…や、うるさいし。自分。マジでさ。
「委ねます」って言ってるくせにしつこい。笑

しかもその上祈ってからも
『委ねるってことはこれとこれとこれも心配だけど大丈夫だってことにして…』
とかさらにうるさい。笑

うち無鉄砲に行動する時と、
考えすぎてめんどくさくなっちゃって行動起こせないって時が極端で。
でも最近は考えすぎる事が多いんだよねー。
で、今やってる卒論は後者。考えすぎて作業をどんどんめんどくさくしてる。
委ねるって言ってるくせに心配して委ねてない。

だからもう、マジで考えない。
や、作業してる時はもちろん考えるんだけど、
これからやるべきことリストは頭の隅っこに置いといて、
今やるべき作業に集中してその先はどうにかなる!
ってことをモットーにやっていこうと思います。

なんとかなるってこと、知識も時間も神様から来ることを信じます。
はい、もう考えるのおしまい。信じまーす。


とりあえずお風呂入ってこよ。
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