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新たな気持ちで

2人目の子どもの出産予定日が確定しました。11/11です。

神様はうちに本当に素敵な子育ての環境を用意してくれています。
そのひとつは何と言っても教会!
子育て奮闘中のお母さんたち、子育てを終えたお母さんたち、
子どもや夫婦、家庭についてたくさん学んできた牧師夫人。
相談したり、参考にできる先輩達がたくさんいて、
いつでも頼ってねって言ってくれるのです。
そして牧師夫人から毎月2回くらいの学びがあり。
親はどうにもこうにも不完全だけど、
でもその中でも神様の愛と知恵をもって育てていくことを学ばせてもらってます。

子育てなんて本当に自信なかったけど、
周りの助けを得ながらなんとかやってこれました。
目標とする子育てのあり方もだんだんとつかめてきました。
そうしてある程度やり方がわかったこともそれなりにあるけど
でもさっき寝起きに子どもの寝顔を見ながら
「でも全部神様がしてくれたんだよなぁ」って思い出しました。

教会の奉仕と同じで、ある程度知識も経験もあるからといって
自分の力に頼ってしまっては、失敗してしまうんだろうなと。
1人目とは違う性質を持った子が生まれてくるかもしれないし、
自分に余裕がなくなるかもしれない。環境も変わるかもしれない。
これまでのうまくできたことを自分の力であるかのように思わないで、
すべての栄光を神様に返して、もう一度新たな気持ちで祈っていきたいと思いました。


神様、すべての恵みをありがとうございます。
子育てがここまで守られたのは、すべてあなたの力です。
あなたがうちを愛してくれたから、その愛を流したいと思いました。
そのやり方もわからなかったけど、あなたが子育ての知恵を与えてくださいました。
あなたが天使を遣わして、目が届かない時にもすべての危険から守ってくださいました。
うちに子育ての資質が備わっていたからでも、監視が行き届いていたからでもありません。
ただ祈りに答え、必要なものを与えてくださったからここまで来れました。
すべてを感謝し、栄光をお返しします。
2人の子どもの母親になっても、守ってください。
あなたの価値観で愛し、育てていくことができますように。
あなたからの愛と知恵を、求め続けます。
あなたがすべてを益としてください。
主の御名によって祈ります。あーめん。


今日も素敵な1日を!
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しつけ。

最近やっぱりブログ書きたいなーって思いが高まってきてたので、書くことにしました。
mixiやFBみたいに、投稿した瞬間から必ず多数の知り合いが見るってわけじゃなく
誰も見ないかもしれないし、たまたま友達が見るかもしれない。
この自由感がなんか気楽で好き。

最近は子育て、特にしつけについて考えてます。
愛読書は「子どもを愛する親のために」Dr.ジェームス・ドブソン著。
子どもを愛する 親のために子どもを愛する 親のために
(2003/10/31)
ジェームス・C・ドブソン

商品詳細を見る

親が愛と権威と一貫性をもって子育てをすることの重要性について語られています。
同じ著者の、「思い切ってしつけましょう」の発展系かな。内容はほぼ同じです。
思い切ってしつけましょう―心理学者からの両親への助言 (1973年)
印刷の感じとか、構成がすっきりして読みやすくなってます。
義母である母ちゃんにおススメしてもらった本。
母ちゃん自身もめちゃくちゃ素敵だけど、
母ちゃんがこの本を読んで育てたという光も
本当に愛と責任感と信仰を兼ね備えた素敵な夫です。

子育てをしつつ、ユースの働きにも相変わらず関わっていて
本当に、親が与えられた子どもを神様の価値観で愛し、しつけて育てていくのは
気の抜けない重大な任務だなぁと感じています。
そして同時に、自分の思春期も振り返ってみて、
幼いときから上に立つ権威を知り、認めて従うことは
神様に従っていく上でも絶対に必要だって思う。

灯は今月で1歳9ヵ月になるけど、
こんなにちっちゃくてもしっかりと親の権威を踏み越えようと挑戦してきます。
ダメ!と言われたことに対して、
泣き叫んでみたりしつこく挑戦したり知らんぷりして強行突破しようとしたり。。
でもこの小さな挑戦をしてくる時期に、しっかりと
「越えることができないライン」を知っておかないと
泣き叫ぶか、不機嫌になるか、ごまかすか、無視するか、
強行突破するか、嘘つくか、かわいこぶって機嫌とるか・・・
なんらかのアイテムを使えば、状況を思い通りに変えられると思い込んで育ってしまう。
そのまま思春期を迎えたらどうなる?
「反抗期」の名のもとにそのアイテムを駆使して、
大人の権威や決まりを踏み越えようとするよね。
はい。実体験に基づく考察です。
でも同じことがこの本にも書いてます。すっごい納得する。

越えることができないラインを知ることは、自分の主張がどうであれ
上に立つ権威には従わなければならないということ。
この時期の小さな挑戦一つ一つに対して、知恵を持って立ち向かうことで
子どもはそれをだんだんとわかっていくんだと思う。
そしてそれは神様の御心を知って、それが自分の思いとは違っても
信頼して従うということに直結していく性質だと思う。

でも親は、その権威を自分のためではなく、
様の価値観で、子どものためを思って使う必要がある。
難しいよね。
だから親は子育てのために愛と知恵を祈り求めていかなければならないんだよね。
親へのイメージは神様へのイメージに少なからず影響するから、
本当に気の抜けない任務です。

ってここまで書いたけど、
この本は「子育てはとにかく厳しく厳しく厳しく!」って言いたいわけじゃありません。
愛することは大前提で、でもそこにはルールと権威の境界線が必要だよねってこと。
してはいけない事をはっきりと知ることで、
子どもはしてもいい事をのびのびと自由にできるようになるらしいです。

ってことで、
神を愛し、人を愛する子に。神に愛され、人に愛される子になって欲しいので。
祈りつつ、子育てがんばります!

あ、11月に2人目が生まれる予定でーす。

感謝する中で

おとといから、9ヵ月の娘が高熱を出しています。
たぶん突発性発疹だろうということで、様子見ながら一緒に家でおとなしくしていました。

予定があくと誰かんとこ遊びに行ったり家に呼んだりどっかぷらぷらしに行ったり、
あまり家でおとなしくしてることのないうちがずっと家にいました。
一見、大したこともなく特別生産性もない丸3日目。

でも、今日のデボーションの中で語られた。
かなーり前にうち自分のデボーションについて書いてたんだけど。
うち毎年手帳買って、日記欄にその日1日の感謝を書いて、
聖書読んでその日心に留まった御言葉メモしてんだ。
前に使ってたのとは手帳は変わったけど、
同じスタイルのデボーション今も続けてるんだよね。
(一時期中断してたんだけどね。。
あ、信仰から離れてたわけではなくね。
書くのめんどくさくなっちゃって聖書だけ読んでたの)

で、今日もデボり始めて書き始めるとき
「きのうずっと家にいただけだしなぁ~。。日記欄埋まるかなぁ」って思ったけど
書いてみたらめっちゃ出てくんのね!
まぁその心配今まで何回かしたことあるんだけど、
日記欄が感謝で埋まらない日は1日としてなかったんだ。
書き終わったときには感謝でいっぱい。
特に生産性のなかった日が、
自分にとってなくてはならなかった素晴らしい日になってる。

大きなことが会った日ももちろん素晴らしいんだけど、
今日すごく思わされたのは
こういう特に何もしなかった日…というかむしろ、子どもが高熱を出して心配な上に、やるべきことも入ってた予定もこなせない、っていうネガティブな意味合いを持たせることもできる日に
この日じゃなきゃ、この状況じゃなきゃ起こらないし気付けなかった、神様がしてくれたたくさんのことを覚える中で
神様がどんな状況でもうちを満ち足らせて溢れる祝福を注いでくれるってことを
実感をもって確信して、信頼できるようになるんだなぁってこと。

って1文が長すぎてわかりにくいね。。でもそーゆーことなのさ。

その信頼を強くするために、
神様はすべてのことを働かせて益としてくださる。
特に生産性のない1日を感謝したときに
そんな大きな恵みに気付けました☆

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幸せな日々

めっちゃお久しぶりです。
前回も久々の日記で、「じゃーまた!」って終わってから今度は1年以上が過ぎていました。。
てかこのブログの存在忘れてた!w
この前ふと思い出してさ、
前に書いてた頃に見ててくれた人もだいたいは忘れてるだろうと思ったので
誰に見られることを意識してでもなく、気ままにまた書いていこうと思います^^


結婚して1年半が過ぎました。
やー。結婚ていいね。素晴らしいね。
7月には娘も生まれて、にぎやかな日々を過ごしています。
結婚して帯広に来て、すぐに妊婦になって
最初は友達もいなくて、参加するような教会行事もなくて
1人で寂しい日々を過ごしていたけど
この1年半で友達も増えて(しかも同じくらいの子どもを持つクリスチャンのママ友が5人も!)、
札幌からも相変わらず友達が定期便のように会いに来てくれて
教会のセルに加わったり、牧師婦人による子育ての学びが始まったり、20代の聖研が始まったり
忙しく楽しい日々になりました。

ほんとに、どこに行っても祝福されてます、うち。
神様絶対うちのこと特別扱いしてると思うんだよねーw

セルにいる教会の婦人でさ、めっちゃ信仰が熱い人がいるんだけど
その人と毎週セルのあとに4時間くらい過ごすんだ。
その交わりのなかでもめっちゃ養われてる。
その人の生きた証を聞きながらこの1年過ごすうちに
うちの中にひっそりと芽を出して育っていた神様への疑いとか不信仰の種が
どんどんあらわにされて、解決されていってる。
本当にこの人に出会えてよかった。。

神様にすべてを捧げるということ。
どんな状況にあっても感謝すること。
聖書に書いてある真理を文字通り信じること。
不信仰な思いを軽々しく口に出さないこと。
自分にとって不都合な状況さえ、感謝し喜ぶこと。
人じゃなく、神様に期待すること。
心配する前に祈ること。
祈ったら信じきること。
人を裁く前に、神様の前に自分自身を見直すこと。
神様の声を聴いたらとりあえず従ってみること。
神様は本当に何でもできるということ。

生まれた時から教会に行ってて、
これらのことはなんとなく聞いていたし知ってたけど
ちゃんとわかってなかったんだ。ただ頭に入っていただけ。
でもこれらのことを本気で神様に信頼して
何気ない日常生活の中で実行し始めたとき、
これが本当に真理なんだってわかった!
与えられてる祝福が本当にハンパない。
生きてることが、前にも増してすごく楽になった。
いろんなことを、もっと簡単に神様に信頼して委ねられるようになった。
この人にもっと早く出会ってたらもっと早く成長したのかなとも思うけど、
うちにとっては今でちょうど良かった。
それまでに深く関わってきた
光とか結実とか父ちゃん母ちゃんとかちっひとかあゆとかを通して
変わらない愛を実感させてくれて、無条件の友情を教えてくれて、
うちの人生に働く神様の力を教えてくれて、
教会だけじゃなく日々の生活で神様に従うことを教えてくれて、
大切な仲間とともに成長する喜びを教えてくれた。
自分の道や自分の心を神様に明け渡すことを教えてくれた。
そうしたときに何一つ欠けるものが無く完全に導かれることを教えてくれた。
他にもいろいろ。
そうしたベースがあらかじめ与えられて、
その上で今この婦人と関わる中でさらに成長させられてる。
もー。
神様どんだけうちのこと祝福したいんだろ。

ほんと、この神様についてく限りうちは一生幸せです。

心配事も困難も心が痛むこともあるけど。
それでも大丈夫なんです。それでも神様がいるから絶対幸せなんです。
クリスチャン、すげー。あー幸せ。


めっちゃ自己満な日記になったw
まぁつまり神様はすごいってこと!
こんな感じでうちは元気です。お金はないけど幸せです。
ほんじゃまた。


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・・・久々すぎてバナーの貼り方も忘れてたしw

お久しぶりです。

自分でもびっくりなくらい久しぶり!
前の記事から半年以上??あらー。
でもこんな全く更新してない時にも地道に訪れてくれてた人がいたみたいで。
放置しまくってごめんね。でも見てくれてありがとう。

この半年間、何をしてたかっつーと
バイトしてやめて結婚してハワイ行って引っ越して妊娠しました。
忙しかったですわー。笑
最近はやっとつわりも少しおさまり、燃え尽き症候群からも抜け出し、
寒さに耐えながらも道東でささやかに暮らしてます。

やっと、結婚したんだって実感が出てきました!
やー、結婚ていいもんだね。光との二人暮らし、気楽で楽しいです。
待ってよかった。約7年、長かったけど。…ほんとに長かったけど。
付き合い始めたあの高校生の時に
「結婚まで7年かかるからね。そのうち80%は遠距離だから。」
ってもし予告されていたとしたら… めげてたかもしんない。笑
あの当時は20?21歳で結婚する予定だったからねぇ。
それでも付き合い年数は長いけど、その発想が若いよね。
神様からのGOサインが出るまで待って良かったわー♪
いろんな点で、今がベストタイミングだったんだって思ってる。

でさ、最近ツトムの記事読んでて考えたってか思い出したことだったんだけど
うち、結婚するって決めた時いろんな人に「もったいない」って言われたんだよね。
当時大学4年生。結婚しなければ就職か進学かって感じだったんだけど
就職支援課の人からなぜかすごい期待されてたし(たぶん履歴書書くのうまいから。笑)
編入してがむしゃらに勉強頑張って学科の先生からもなかなかの評価もらってて
そんで周りの友達からは「なんでもこなせる人」みたいなイメージついてて
「いいとこに就職できそうなのに」
「君なら大企業狙えるんだよ」
「彩ねぇなら絶対企業で活躍できるのに」
「せっかく大学院行けそうなのに」
「良いカウンセラーになりそうなのに」
「せっかく先生から期待されてるのに」
「てかまだ若いのに家庭に入るなんて」
「もっといろいろやってからじゃダメなの?なんで今なの?」
「新卒って重要な肩書なのに」
 …
これらの言葉のあとにくるのは、「もったいない」。
たしかにね、そうだと思ったよ。
うちも若いしまだ頭も働くし、環境に慣れるのも早い方だし
自分の可能性を試したかった。
しかもみんななぜかべた褒めしてくれるもんだから、笑
自分はこの世で成功できる能力を持っているって思ってた。
(今思えば、勉強含めていろいろこなせていたのは全部神様の力だったから
厳密にいえばあれうちへの評価じゃないんだけど)
だから自分でもちょっともったいないって思った部分はあったよ。
あのはっきりとした示しがなかったら、かなり揺れてたかもしれない。

でも神様の声に従って、後悔したことって今までになかったんだ。
日常生活でも「普通こうでしょ!」ってことと
神様が「こうしなさい」って言うことが違うってことはいろいろある。
だけどこの世の「普通」よりも神様の声に従って後悔したことってなかったんだ。
すごい仲良しで順調だったのに、光と二人で会うことをやめた時のように
行きたいと思ったことなかった大学を受験した時のように
妙に平安があって、そして「よくわかんないけど今はこうすべきなんだ」って確信があった。

口ではいくらでも「神様に全てを委ねて期待する」って言えるけど
実際に大きな決断の時には、目に見える安心材料がないと不安になっちゃう。
そんな弱いうちだから、神様はそれまでに日常の小さな出来事から
結果が見えなくても、神様に従って選びとったときに
神様は100%益として想像を超えた祝福をもって応えてくれるって
経験を通して教えてくれてたんだ。

だからいくら「この世でもっと成功できるよ」「もったいないよ」って言われても
「や、うちもよくわかんないけど、今が結婚するべきタイミングみたいだから」
って感じでこの確信がぶれることはなかったんだ。
というより、祝福があるってわかってるのに、
違うものを選択する必要性を感じなかった。
うちらがふさわしい時にふさわしいものを選べるように、
神様はちゃんと準備してくれてるんだよね。


でもさ、うちたぶんそれでもちょっとだけこの世での成功に未練があって 笑
結婚して帯広行ったら第二新卒として就活始めて
それなりの企業に勤めてちょっと活躍してみよー♪とか思ってたんだ。
うちは家事と仕事を両立する若奥さんになるはずだ!くらいに思ってたのに
まさかのハネムーンベビー到来により就活する間もなく強制終了でした。笑

こんな早く妊娠すると思ってなかったから「なんで!?」ってめっちゃ戸惑ったんだけど
光の母ちゃんに「あんたそれ家庭に召されてるってことでしょ」って言われて
「あ、そっか。」って妙に納得しちゃったよ。
うち両親ともこの世で活躍して成功してきて
おとなしく家庭に収まっていない人たちだったから、
自分が家庭に召されるなんて思ってもいなかったんだけど
この流れは確実にそうだよね。。
「家事つまんない」とか「友達いない」とかぶーぶー言ってたけど
召されてるなら…やるしかないでしょ。
夕食後に毎日光と祈ることにしてるんだけど、うちの最近の祈り課題、
「家事が楽しくなるように」「ご飯づくり飽きないように」とかだから。笑
まぁ少しずつ、家庭に仕える覚悟ができてきました。

そもそもうちのビジョンて、この7年間の付き合いを見てきたノンクリの友達が
うちらカップルの行く末、生き様、家庭のあり方を見て
「彩たちが従ってた神様って本物だ」ってわかることだったんだ。
そーいえばそうだった。わがまま言ってぶーぶー言って甘えてる場合じゃないね!
光との関係も、また日々見直していかなきゃ。

近況報告、長くなりましたが
こんなうちらのために祈ってくだされば幸いです★゛
てか更新しな過ぎて…みんながこの記事に気付くのはいつかしら。
まぁ、地道に更新してくわ。
気付いたらコメントしてね♪そしたらやる気出して書くから。笑

じゃーまた!!
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