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メッセージ作り。
今週の厚別ユースと来週末の七飯ユースでのメッセージ。
他にもいろいろやらなきゃいけないこといろいろあって大変だけど、
がんばってつくろうと思っています。
メッセージを準備する中で思うこと。
それは、
自分には本当に語る力がないってこと。
何を語って良いのかわからない。
どういう構成にしたら良いのか、
どこにポイントを置くべきなのか。
何を強調すべきで何を慎むべきか。
聖書を読んでも神様が何を語ろうとしているのかいまいち悟れなかったり。
テーマ説教では聖書箇所も決められないし。
ほんっとに、何もできないんだよ。
でも、何もできないから、神様はあえてうちを語り手として選んだんだよね。
だってうちには語る力がないのに、なぜかメッセージが語れて
しかもそれによって神様に触れられる人が起こされたとしたら、
それはもう神様の力でしかないよね。
何もないところから御業を行なわれる神様。
彩という器の、欠けを通して光を照らされる神様。すげーわ。
うちが自分の「できない」って欠けを隠してがんばって「良いメッセージ作り」に励むよりも、
高慢な態度捨ててその欠けを含めた自分丸ごと神様に差し出して
へりくだって神様の声に耳を傾けることを神様は望んでる。
だって神様うちができないこと知っててあえて選んだんだもんね。
そして今メッセージ準備している中で気付いた事。
それは、まず聞き手を愛することから始まるんじゃないかってこと。
良いメッセージを作ろうとする前にまず、神様の前にへりくだって自分を捧げる必要があること。
だからできる限り、聞き手1人1人のために祈って1人1人を愛すること、
感謝と悔い改めと応答の祈りをもって、神様の前に自分を整えることから始まるんじゃないかと思うんだ。
そして、「どうせ自分が語るメッセージだから」って、そこそこのメッセージ作りを目指すんじゃなく、
召されたからには期待して祈って最高のメッセージ作りを目指すこと!!
もちろんそれは神様のためにね。
うちの周りには若くして素敵過ぎるメッセンジャーがたくさんいるんだよ。
その人達みたいに語れないかもしれない。
面白くもできないと思うし、カリスマ性があるわけでもない。
聞き手の心を動かすメッセージなんて、とても語る自信はない。
でもそれでも自分を捧げて
自分の最善を尽くして神様のためにメッセージをする時、
そのメッセージ自体を明け渡して全てを委ねる時、
どんなに未熟なメッセージでも、面白くなくてもタジタジでも
そこに神様が働かれるよね。
そのメッセージは間違いなく最高のメッセージになると思う。
だって神様が働くんだよ。間違いないっしょ。
うちにしか語れないメッセージがある。
だから神様はあえてうちを選んだんだと思う。
たかがいつものユースメッセージ、じゃなくて
今回!神様が1人1人に語られることを期待して、
こんな自分を神様が大いに用いてくださる事を信じて
全力で最善を尽くしたい。気合い入れて謙遜な姿勢で祈っていきたい。
神様、語るべきことを教えてください。
1人1人を愛する愛を下さい。
あなたの前にへりくだって、自分を捧げることができますように。
最善を尽くしてあなたに仕えることができますように。
メッセージに働いてください。
聞き手1人1人に聖霊が直で語ってくださいますように。
・
・
・
あーめん。
他にもいろいろやらなきゃいけないこといろいろあって大変だけど、
がんばってつくろうと思っています。
メッセージを準備する中で思うこと。
それは、
自分には本当に語る力がないってこと。
何を語って良いのかわからない。
どういう構成にしたら良いのか、
どこにポイントを置くべきなのか。
何を強調すべきで何を慎むべきか。
聖書を読んでも神様が何を語ろうとしているのかいまいち悟れなかったり。
テーマ説教では聖書箇所も決められないし。
ほんっとに、何もできないんだよ。
でも、何もできないから、神様はあえてうちを語り手として選んだんだよね。
だってうちには語る力がないのに、なぜかメッセージが語れて
しかもそれによって神様に触れられる人が起こされたとしたら、
それはもう神様の力でしかないよね。
何もないところから御業を行なわれる神様。
彩という器の、欠けを通して光を照らされる神様。すげーわ。
うちが自分の「できない」って欠けを隠してがんばって「良いメッセージ作り」に励むよりも、
高慢な態度捨ててその欠けを含めた自分丸ごと神様に差し出して
へりくだって神様の声に耳を傾けることを神様は望んでる。
だって神様うちができないこと知っててあえて選んだんだもんね。
そして今メッセージ準備している中で気付いた事。
それは、まず聞き手を愛することから始まるんじゃないかってこと。
良いメッセージを作ろうとする前にまず、神様の前にへりくだって自分を捧げる必要があること。
だからできる限り、聞き手1人1人のために祈って1人1人を愛すること、
感謝と悔い改めと応答の祈りをもって、神様の前に自分を整えることから始まるんじゃないかと思うんだ。
そして、「どうせ自分が語るメッセージだから」って、そこそこのメッセージ作りを目指すんじゃなく、
召されたからには期待して祈って最高のメッセージ作りを目指すこと!!
もちろんそれは神様のためにね。
うちの周りには若くして素敵過ぎるメッセンジャーがたくさんいるんだよ。
その人達みたいに語れないかもしれない。
面白くもできないと思うし、カリスマ性があるわけでもない。
聞き手の心を動かすメッセージなんて、とても語る自信はない。
でもそれでも自分を捧げて
自分の最善を尽くして神様のためにメッセージをする時、
そのメッセージ自体を明け渡して全てを委ねる時、
どんなに未熟なメッセージでも、面白くなくてもタジタジでも
そこに神様が働かれるよね。
そのメッセージは間違いなく最高のメッセージになると思う。
だって神様が働くんだよ。間違いないっしょ。
うちにしか語れないメッセージがある。
だから神様はあえてうちを選んだんだと思う。
たかがいつものユースメッセージ、じゃなくて
今回!神様が1人1人に語られることを期待して、
こんな自分を神様が大いに用いてくださる事を信じて
全力で最善を尽くしたい。気合い入れて謙遜な姿勢で祈っていきたい。
神様、語るべきことを教えてください。
1人1人を愛する愛を下さい。
あなたの前にへりくだって、自分を捧げることができますように。
最善を尽くしてあなたに仕えることができますように。
メッセージに働いてください。
聞き手1人1人に聖霊が直で語ってくださいますように。
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あーめん。
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